Official髭男dismの「Pretender」の解釈と分析と批評

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批評

Official髭男dismの「Pretender」を分析してみました。この歌詞を揶揄する表現があるのでご了承下さい。それと、これは筆者独自の批評・分析です。では、さっそく始めていきます。

君とのラブストーリー
それは予想通り
いざ始まればひとり芝居だ
ずっとそばにいたって
結局ただの観客だ

感情のないアイムソーリー
それはいつも通り
慣れてしまえば悪くはないけど
君とのロマンスは人生柄
続きはしないことを知った

「ラブストーリー」、「予想通り」、「アイムソーリー」、「いつも通り」とリズミカルに韻を踏んでいる箇所は興味深いと思います。

自分は一人芝居をしていて、相手(君)が観客になってしまったため、自分たちの「ラブストーリー」=「ロマンス」は長続きしないと悟ったという解釈でよさそうです。

ここに出てくる「人生柄」という単語の意味を突き止める必要がありそうです。「職業柄」という言葉から、その意味を推測します。

「職業柄」の意味は、「その職業のもつ性質上。また、ある仕事に携わっていることによる習性」です。
例文「職業柄、目が疲れやすい」

この例文を分析すると、「職業柄」が原因で、「目が疲れやすい」が結果になります。「こういった職業に就いているため、目が疲れやすい」ということです。

ということは、「こういった人生を送ってきたため、続きはしないと知った」になります。「人生柄」は「習癖(しゅうへき)」のようなニュアンスを含む言葉です。

つまり、「人生柄」が原因、「続きしないと知った」が結果になるので、「自分が一人芝居をし、前の彼女がただの観客になってしまった”人生”を送ったため、君とのロマンスは続きしないと知った」ということになります。

……ん?本当に「人生柄」という言葉は適切なのでしょうか。「自分の人生は常に恋愛だ。」と言うのなら、この言葉選びで良いと思いますが、そうでないなら、「恋愛柄」という言葉の方が適切だと思います。

「以前にも、自分が一人芝居をし、前の彼女がただの観客になってしまった”恋愛”をしたため、君とのロマンスは続きしないと知った」と言いたいなら、「恋愛柄」が適切です。

恐らく作者は「人生柄」を「恋愛を含む今までの人生経験を通して」のような意味で使用しているのだと思います。

ですが、本来「柄」は②の通り「性質」、③の通り「原因」を表す言葉です。そこに「経験上」という意味は存在しません。今回私は③の意味で解釈してみました。

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もっと違う設定で もっと違う関係で
出会える世界線 選べたらよかった
もっと違う性格で もっと違う価値観で
愛を伝えられたらいいな そう願っても無駄だから

「設定」や「世界線」といった言葉選びをしているのには違和感があります。「この恋愛はゲームですか?」と言いたくなります。

「性格」と「価値観」は「愛」と無関係ではないでしょうか。「性格」や「価値観」は変わりますが、「愛」は不変かつ普遍です。

「価値観が180°変わった」と言うように、「価値観」は変化します。さらに、「歳を取ると温厚になる、頑固になる」と言うように、「性格」も変化します。

「価値観が変わったから、これ以上この人を愛せない」とか意味不明です。「価値観」の一致が結婚(交際)する理由なら、「価値観」の変化による不一致は離婚(破局)する理由なのでしょうか。

「価値観」が変わること、違うことを前提に結婚しないと、どこかで関係に亀裂が入るのではないでしょうか。

「敬愛」という言葉があるように、相手を「尊敬」することができなければ、それは本当の「愛」ではないと思います。

人間は全知全能の神ではなく、不完全な存在です。そのため、自分にはなくて、相手にはあることが必ず存在します。自分にできないことをできる相手を「尊敬」するのは当たり前のことです。

よって、この文章は離婚や結婚の理由になる「価値観」と「性格」いう単語を何も考えずただ単に並べたレトリックに過ぎません。

グッバイ
君の運命のヒトは僕じゃない辛いけど否めない でも離れ難いのさ
その髪に触れただけで 痛いや いやでも 甘いな いやいやグッバイ
それじゃ僕にとって君は何?
答えは分からない 分かりたくもないのさ
たったひとつ確かなことがあるとするのならば
「君は綺麗だ」

「運命の人」の定義は何なのでしょうか。「違う価値観で愛を伝えられたらいい」と言っているので、「価値観の合う人」=「運命の人」となりそうです。

つまり、僕と君の価値観は合わなかったので、「君の運命の人は僕じゃない」ということになります。

「その髪」=「その辺に落ちている髪」です。「その」と物扱いしていますからね。人を表したいなら、「彼女の」や「彼の」、「その方の」、「そいつの」という言葉にしなければなりません。

「触れる」にはその行為者本人の意志は含まれませんが、「触る」には意志が含まれます。つまり、「触れる」とは「たまたま触れる」という感じで、「触る」は「意図的に触る」という感じです。

彼女はいなくなったけど、床に座った時、まだ部屋に残っている彼女が落としていった髪に触れて、何かを思い出し心を痛めた。といったところでしょうか。「グッバイ」していて、もうそこに彼女がいるはずがありませんから、この解釈で良さそうです。

もし、「”彼女の”髪を”触る”」と表現したいなら、失敗しています。そもそも別れた後に髪を触ったりしませんから、この表現ではないでしょう。

君が僕の運命の人ではないなら、どんな存在であるかについて考えたけれど、答えは出ませんでした。ですが、「君は綺麗」だということは分かったのです。

落とし所は「君は綺麗だ」です。なんてお粗末な文章なのでしょうか。「性格」や「価値観」を「愛」と関連付けていることから分かるように、思考が浅はかすぎます。もう少し思考を深化させ、作者自身の答えを出してほしいものです。

それに「分かりたくない」とか言っていたら、本人は何も成長しません。「貴方にとって日本は何ですか?」と聞かれた時、「答えは分かりません。分かりたくもありません。でも、日本は綺麗です。」と言っているようなものです。とりあえず、「綺麗です」と言っただけの稚拙な文章でした。

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誰かが偉そうに
語る恋愛の論理
何ひとつとしてピンとこなくて
飛行機の窓から見下ろした
知らない街の夜景みたいだ

「論理(ろん”り”)」も「いつも通”り”」のように使っているのでしょう。

「みたいだ」と比喩表現を用いています。比喩表現もレトリックになります。レトリックは文章を豊かにする上で必要になってきますが、これは聞き手の心を響かせる、言わば詐欺的な表現技法です。

「誰かが偉そうに語る恋愛の論理はピンとこない」を「飛行機の窓から見下ろした知らない街の夜景のようだ」と喩えています。よく分かりません。

これは本当に比喩として成立しているのでしょうか。「”偉そうに”語る」と「見下ろした」の部分は、上から目線の感じが出てますから、「偉そうに語る」=「見下ろした」。

そして「恋愛の論理」=「街の景色」。「ピンとこない」=「知らない」になりそうです。成立していそうです。

前文を並び替えると、「誰かが偉そうに語るピンとこない恋愛の論理」になります。後文を並び替えると、「飛行機の窓から見下ろした街の夜景 何ひとつとして知らない」になります。

もし、「街の夜景」が美しかったら、「ピンとこない」けど美しい「恋愛の論理」になります。私を含め、偉そうに何かを語る人は、レトリックを用いて、相手の心を響かせています。

していることは、この作者と変わりません。なので、「偉そうに語る」はブーメランになります。作者本人もレトリックを使用していますから。

もっと違う設定で もっと違う関係で
出会える世界線 選べたらよかった
いたって純な心で 叶った恋を抱きしめて
「好きだ」とか無責任に言えたらいいな
そう願っても虚しいのさ

「叶った恋を抱きしめる」という独特の表現はよく分かりませんが、髭男ならではだと思います。発する言葉一つ一つに責任を持つべきですが、たまには無責任な発言をしたい。といった感じでしょうか。

ですが、皆さんは責任を持って何かを発言しましょう。「あ、ごめん。あの時はただ”好き”と言っただけ。」と言われたらイラッときますから。「無責任な男が好き!」とか言う女性はいないでしょう。

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グッバイ
繋いだ手の向こうにエンドライン
引き伸ばすたびに 疼きだす未来には
君はいない その事実に Cry…
そりゃ苦しいよな

「エンドライン(End line)」はバスケやアメフトで使われている言葉です。もし、「終点」を意味するなら、「End of the line」にしなければなりません。登坂広臣さんの曲に『END of LINE』があります。こっちが正しいです。

ですが、ここは目をつぶり「エンドライン」を「終点」という意味で解釈してみます。「繋いだ手の向こうにエンドライン」とは何でしょうか。頭の中がはてなマーク(???)で埋め尽くされています。続きを見れば分かりそうです。

「疼きだす未来」と言っているので、「エンドライン」は「現在」ではないでしょうか。「現在」の先には「未来」がありますから。

このように、手を繋いだりした「過去」があり、その向こうに「現在」という「エンドライン」があり、これを引き伸ばすと「未来」があります。

「過去」には手を繋いでデートしたりしていましたが、「現在」はもうすでに彼女と別れています。彼女との交際は「終点」を迎えているということになります。

そして、その先の「未来」には君はいません。この事実が僕を泣かせ、「苦しみ」を与えるのです。

このように、「未来」という単語に着目して解釈を試みたところ、「エンドライン」は「終点」であり「現在」でもあることがわかります。

「現在、君とのロマンスが”終点”を迎えている」と言うために「エンドライン」という言葉を使用したのだと思います。そして「繋いだ手」は付き合う前の”デート”だと思います。

ラブストーリー(ロマンス)はデートから”始まり”、「運命の人ではない」とわかり、”終わり“を迎えるのです。電車で喩えてみます。

「始発(デート)」→「駅①(交際)」→「駅②(色々)」→「終点(破局)」

といった感じでしょうか。

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まとめ


皆さんが言うほど良い曲だとは思いませんでした。なぜ、こんなにも人気があるのか分かりません。この曲の何が良いのか教えて下さると助かります。皆さんも批判的に文章を見る癖をつけて下さい。

コメント

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