「作品に罪はない」意味不明な言葉と思考停止した人

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批評

大麻取締法違反で逮捕されたある俳優の出演作品が放送中止されたり、配信取り止め措置が取られたり、そういったドラマや映画作品の取り扱いについて様々な声が上がっている。その中に「作品に罪はない。」という意味不明な言葉がある。

筆者の周りにも、「作品に罪はない。」と答える人が多くいた。興味本位に「作品に罪はないってどいう意味?」と知人に尋ねたところ、「作品に罪はないということ。」とそのまま返事してきた。トートロジーを使った彼は完全に思考停止状態に陥っていた。

そもそも、実体のない主体に罪を所与するのは不可能だ。さらに、法律というのは、人間という主体にのみ与えられたルールである。それを犯すことができるのは人間だけだ。たとえ、チーターが制限速度50キロの道路を100キロで走ろうとも、チーターを道路交通法違反で逮捕することはないだろう。保護されるなり、殺処分されるなり、他の動物としての処分が下されるだけだ。

「作品に罪はない。」という意味不明な文章を正しく解釈すると、「犯罪者が出演する作品を公開することに関して、問題など少しもない。」になるだろう。

「作品に罪はないから、作品の公開に賛同する。」と語っている人で、「作品を公開しても問題がない」理由を語る人はいない。要するに、「〜だから、作品に罪はない。」と語っている人はいないということ。

どうして「作品に罪はない」のか。その理由を明示できないなら、「作品に罪はない。」と言うべきではないだろう。なぜ、その明確な根拠がテレビなどのメディアで取り上げられないのか、筆者は不思議でしょうがない。

まずは「作品に罪はないから〜」ではなく、「〜だから作品に罪はない」と言えるようになりましょう。重要なのは「犯罪者の出演する作品を公開しても問題がない」理由である。

「作品に罪はないから作品に罪はない。」という愚かなトートロジーを披露し思考停止に陥るのではなく、その因果関係を明示し根拠のある発言をしよう。

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