【サッカー】新監督の成績不振に関して正鵠的な擁護をできない人々の見解とその愚かさ

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サッカー
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就任したばかりだから仕方ない?

サッカーに限らず他のスポーツのそうであるが、監督交代の要因はチームの成績不振である。もちろん、監督とフロントの関係悪化もその要因として挙げられるが、主な要因はチームの成績不振である。

シーズン中の監督交代は緊急性を要するものだ。フロントを含め選手やファンたちは、そのシーズンを諦めようと考えていない。「今シーズンは新監督が就任したばかりだから、批判するには早い」や「まだ仕方ない」など新監督を擁護するコメントを発する愚か者いる。

こういう人たちは戦術的な批判をすることができない。批判とは「良い所、悪い所をはっきり見分け、評価・判定すること」である。つまり、この場合、良い側面を挙げることだ。

愚か者たちは口を揃えて「就任しばかりだから仕方ない」と発言しているが、擁護するなら、戦術的に良い面を挙げてほしいものだ。まともに批判できる人はどれくらいいるだろうか。

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監督交代の目的

監督交代の目的はチームの成績向上である。どんな状況であれ、良い成績を残さなければならない。たとえ、怪我人が多く、新監督が獲得を希望する選手を起用できないとしてもだ。

そもそも、監督が使いたい選手を必ず獲得できるわけではない。そして、怪我人が出ることも考えておかなければならない。「怪我人が多いから仕方ない」や「監督が使いたい選手がいない」などの擁護コメントは監督の価値を落としている。

そういう状況であることを理解した上で、監督はクラブからの打診を受け入れるわけである。チーム再建が無理だと感じたなら、それを断るべきだ。受け入れた以上、その全責任を監督は負うべきである。

成績不振の新監督を批判する人に対して、反論する愚か者は、上記のようなことしか言えない。まるで思考回路が止まっているかのような論駁である。私は「仕方ない」という弁解を聞くことに辟易としている。

監督交代の目的はチームの成績向上である。いかなる状況においても、それをしなければならない。それができないのであれば、批判の的になって当然である。そして、難しい状況において、監督の真価が問われるであろう。

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セティエンの狷介性

バルセロナの新監督、キケ・セティエンはシーズン途中に新監督に就任した一人だ。セティエン監督は未だにチームを再建できていない。難しいタイミングでの監督就任であるが、チームを請け負った以上、その役割を果たさなければならない。

セティエン監督就任後のグラナダ戦では、ボール支配率が80%を超えるなど、セティエン監督らしさが見られた試合であった。だが、結果は1-0の辛勝。

セティエン監督はポゼッションフットボールを好み、選手のプレースタイルを無視して、監督自身のスタイルに適用させようとしている。彼はこの姿勢を一切崩そうとしない。

かなり片意地な監督である。良く言えば、信念の固い監督。悪く言えば、老害であろう。ポゼッションは試合を支配する意味で、重要なことだ。グリーズマンが何度も裏へ抜け出す動きをしても、選手たちは彼にボールを出さない。

セティエン監督自身がビダルにポゼッションの重要性を諭したとのこと。恐らく「一か八かのパスは出すな」というニュアンスの言葉を選手たちに伝えたのだろう。

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だが、どこかで裏に抜け出す選手にボールを出さないと、無意味なポゼッションを繰り返すことになる。グリーズマンの獲得を失敗と言う者がいるが、決して失敗ではない。

サッカーにおいて広さを取ることも重要だが、深さを作ることも重要である。全盛期のイニエスタが2列目から抜け出し、ゴールライン際でボールキープをするプレーは圧巻だ。

グリーズマンはイニエスタほどドリブルが上手くないものの、深さを作る上で重要なピースである。彼の強みを活かせるようになれば、バルサは化けるだろう。

バルサを再建するためには、まだ改善すべき点がある。今回はグリーズマンの獲得は決して失敗ではないということを強調しておく。そして、セティエン監督の狷介性は恐ろしいものだ。

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